Masaori, Tanaka
2026年3月12日
―説明語・不確実性・行動分析学的方法をめぐって― Tanaka, Masaori
要約
本稿は,心理学的説明においてしばしば用いられる「経験」「学習」「心的変化」などの語が孕む方法論的問題を検討する。これらの語は因果的説明項として用いられる場合,分析を停止させる「説明停止語」として機能する危険がある。科学哲学的観点から複雑性・不確実性の誤用を整理したうえで,徹底的行動主義および行動分析学的方法ーーとりわけスキナーの三項随伴性 (Skinner, 1953) とバウムのモル的視点 (Baum, 2002, 2017) ーーを代替的方法論として提示する。「経験」を「過去の随伴性の累積効果」として再記述することで,説明語を観察可能な変数の言葉に翻訳し直す方向性を示す。本稿は在野の立場から,既存文献の再解釈と今後の研究 プログラムの素描を試みるものである。
Keywords: Radical Behaviorism; Behavior Analysis; Explanatory Fiction; Molar Behaviorism; ThreeTerm Contingency; Functional Analysis
1. 序論
生物の行動や,一般に心理と呼ばれる現象は,複雑であり,予測や制御が容易ではない。この点は, 心理学・生命科学・神経科学・行動科学のいずれにお いても広く共有された前提である。他方で,自然科学の歴史は,当初は混沌として見えた現象が,記述形式・測定技術・理論的枠組みの洗練によって徐々に構造化されてきた歴史でもある。したがって,現 象が複雑であることそれ自体は,説明の断念や分析停止の根拠にはならない。
本稿が検討対象とするのは,心理学的説明においてしばしば用いられる「経験」「学習」「心的変化」な どの語が,どのような方法論的位置を占めているかという問題である。これらの語は,現象を整理し記述するための便宜的表現としては一定の有用性を持つ。しかし,それらが因果的説明項として用いられる場合,現象の構造を明らかにするというより,説明が完了したかのような印象を与え,追加的な分析を停止させる危険がある。
本稿の目的は,第一に,こうした説明語の使用に内在する方法論的問題を整理することである。第二に,複雑性や不確実性がどのように誤って扱われやすいかを,科学哲学的観点から検討することである。第三に,その代替的方針として,徹底的行動主義および行動分析学における分析方法が,どのような示唆を与えるかを提示することである。
なお,自然科学的説明の進展は,しばしば支配的なパラダイムの転換を経て達成されてきた (Kuhn, 1962)。心理学的説明語の問題を検討することも,こうした視点に立てば,通常科学的実践の内部にとどまるのではなく,説明形式そのものを問い直す試みとして位置づけられる。本稿は,特定の学派を単純に否定することを目的とするものではなく,何をもって説明とみなすのかという基準をより厳密に問い直す試みである。
2. 説明語としての「経験」「学習」の問題
「経験」や「学習」という語は,心理学およびその関 連領域で広く用いられてきた。これらの語は,ある 条件のもとで行動や反応傾向が変化したという事実を事後的に要約する記述語として機能しうる。その意味で,これらの語を全面的に排除する必要はない。
本稿が検討の対象とするのは,「経験」「学習」「心的変化」という三つの語であるが,方法論的な観点 からは,これらは同一の構造的問題を共有している。「経験」は,過去における何らかの出来事が現在の行 動に影響を与えているという想定を,一語で表現したものである。「学習」は,環境との相互作用を通じ て行動傾向が変容する過程そのものを指す語として用いられる。「心的変化」は,そうした変容の内的基盤として仮定される状態の変化を意味する。三者はそれぞれ強調点が異なるーー「経験」は入力としての歴史を,「学習」は変容の過程を,「心的変化」は 内的状態の変化を前面に出すーーものの,いずれも 「ある条件のもとで行動の傾向が変化した」という同一の観察事実を指示している点で共通している。言い換えれば,これら三語は,観察された行動変化を 異なる角度から名づけた語彙群であり,方法論的に は等価な位置を占める。本稿以下では「経験」を主な論点として扱うが,そこで示される問題点と代替的記述の方向性は,「学習」「心的変化」にも同様に適用される。
しかし,問題は,これらの語が記述を超えて因果的説明項として用いられる場合に生じる。たとえば, 「その反応は過去の経験によって形成された」「その 行動は学習の結果である」「心的変化が行動を変え た」といった表現は,一見すると説明の形をとって いる。しかし多くの場合,そこで行われているのは, 反応の変化という観察事実を別の抽象語で言い換え ることにとどまる。何がどの条件のもとで変化した のか,どの変数が操作され,どの反応の生起確率がど のように変わったのか という分析は,その語によっ て置き換えられてしまう。
この問題に対して,行動分析学的立場は代替的記述を提供する。「経験」を因果的原因として持ち出すのではなく,それを「過去の随伴性の累積効果(cumulative effect of past contingencies)」として再記 述するという方向である (Baum, 2017)。すなわち, ある個体が「経験を積んだ」とは,特定の先行条件・ 反応・後続条件の組み合わせが繰り返されることに よって,現在の行動配分が形成されてきたということを,観察可能な関係の言葉で記述したものにほかならない。
この種の問題は,行動の説明に際して仮説的構成 概念が分析停止をもたらしうるというスキナーの批判と整合的である (Skinner, 1953)。また,Churchland (1986) は,民間心理学の語彙が神経科学的に同定された機構へと理論的に還元される必要がある ことを論じた。この観点に立てば,「経験」「学習」といった語が具体的にどの機構を指しているのかが未同定である以上,それらをすでに確定した因果機構であるかのように用いることは,理論的に未解決の問いを解決済みとして扱う誤りを含む。
したがって,ここで必要なのは,「経験」「学習」と いった語を使用するか否かではない。それらを記述 の略記として用いているのか,それとも説明の終点として用いているのかを区別することである。
3. 言語使用の観点から見た説明語の機能
説明語の問題は,方法論の問題であると同時に,言語使用の問題でもある。この点で,ウィトゲンシュタインの後期哲学は示唆的である。ウィトゲンシュタインは,語の意味を,それが指し示す内的実体や私的対象に求めるのではなく,その語がどのような 使用の中で機能しているかに求めた (Wittgenstein, 1953)。
この観点から見れば,「経験したから」「学習が起きたから」といった表現は,特定の言語ゲームにお いて説明を終了させる役割を果たしている可能性がある。すなわちこれらの語は,「さらに何が起きていたのかを分析しよう」という方向ではなく,「ここで説明は済んだ」と了解させる方向に働く。
科学においては,語が理解感を与えることと,語が分析を前進させることとは区別されなければならない。経験語や学習語が理解の印象を与える一方で 分析すべき変数や条件関係を覆い隠すならば,それらは説明語というよりも説明停止語として機能していると考えるべきである。
4. 心理主義・認知主義における方法論的困難
心理主義および認知主義は,刺激と反応の単純な連結では捉えきれない現象を説明しようとする試みとして発展してきた。その歴史的役割自体を過小評価する必要はない。しかし,方法論的観点からみれば,内的状態や心的構成概念を導入することがそれ自体で科学的説明を保証するわけではない。
問題となるのは,それらの概念がどのように定義され,どのような観察条件のもとで支持または反証されうるかである。ポパー (Popper, 1959) が示し たように,科学的理論は反証可能性を要請される。 ところが,多くの心理学的構成概念は,その概念の使用に失敗した場合にも別の解釈によって温存されやすく,反証条件 が曖昧になりやすい。さらに,Ryle (1949) が批判 したように,心的語を行動の原因として配置すること自体が,説明形式としてカテゴリー錯誤を含む場合がある。
本稿の立場は,内的出来事の存在可能性を否定す るものではない。問題は,それらが十分に同定されていない段階でどの程度まで因果的説明として用いてよいのか,という点にある。少なくとも,その導入が観察可能な条件関係の分析を代替するものであってはならない。
5. 不確実性とカオスをめぐる誤解
心理学的説明においては,対象が複雑であることが,しばしば厳密な分析を回避する理由として用いられる。しかし,複雑性と不可知性を同一視することは適切ではない。ローレンツ (Lorenz, 1963) が示したカオスの概念は,無秩序の別名ではなく,初期条件への鋭敏な依存を持つ構造の存在を示すものであった。予測困難であることは,構造が存在しないことを意味しない。
同様に,不確実性は説明不能性の別名ではない。 Hacking (1975) が論じたように,確率概念は単なる無知の表現ではなく,自然現象を一定の形式で記述 し,比較し,推定するための理論的道具として発展してきた。不確実であることは説明をやめてよいということではなく,むしろどの水準で,どの条件のもとで,どの程度の変動が生じるのかを記述すべきだという要請を強める。
6. 提案としての行動分析学的方法
6.1. 徹底的行動主義の基本的立場
徹底的行動主義は,内的出来事の存在を否定しない。しかし,それらを未同定のまま説明項として先取りすることを避ける。そのため,分析の焦点は観察可能な行動と,その行動が生起する環境条件との関係に置かれる (Skinner, 1953, 1974)。行動分析学における基本的発想は,行動を固定的な属性や内的本質としてではなく,先行条件・行動・後続条件の関係の中で生起する事象として捉えることにある。
6.2. 分子的視点とモル的視点:スキナーからバウムへ
行動分析学の内部では,行動をどのような時間的 単位で捉えるかについて重要な議論が積み重ねられてきた。スキナー的な分子的視点(molecular view) は,行動を離散的・瞬時的な反応事象の連続として捉え,隣接した随伴関係を分析の単位とする。これに対して,バウムが提唱するモル的視点(molar view) は,行動を時間的広がりを持つ活動の配分として捉え,より長い時間枠での環境との共変関係を分析の中心に置く (Baum, 2002, 2017)。
モル的視点において,反応率や選択比率は単なる派生的な統計量ではなく,具体的な時間配分そのものとして扱われる。両視点は相互排他的というより相補的であり,それぞれ異なる時間スケールの 現象を照射する分析レンズとして機能する (Baum, 2002)。
この対比は,「経験」語の問題とも接続する。モル的視点においては,ある個体の現在の行動配分は, 過去の随伴性の累積効果として理解される。「経験が豊富である」とは,長期にわたる随伴性の歴史が現在の行動配分に内包されているということであり, それは観察可能な反応率・選択比率・活動の時間配分として記述可能な事柄である。

6.3. 三項随伴性:行動分析の基本単位
行動分析学において中核をなす分析単位は,三項 随伴性(three-term contingency)と呼ばれる枠組みである (Skinner, 1953)。これは弁別刺激(S D:先 行条件)・反応(R)・後 続条件(S R)の三要素から 構成される。この枠組みは,「なぜその行動が起きた か」という問いを,内的動因への参照ではなく,環 境と行動の機能的関係として定式化するための道具として機能する(図 1 参照)。
弁別刺激(S D)とは,ある反応が特定の後続結果を生む条件を示す刺激であり,その反応の生起確率を変化させる。これは単純な「きっかけ」としての先行刺激ではなく,強化の歴史を通じて機能的意味を獲得した刺激として理解される。後続条件は,当 該反応が将来どの程度の確率で生起するかを決定する機能的事象として分析される。

6.4. 「経験」語の再記述:随伴性の歴史として
「経験」という語を分析に用いる際に必要なことは,それを「過去の随伴性の歴史が現在の行動に与えている累積的な影響」として操作的に再記述することである。同様の再記述は「学習」にも適用されるーー「学習が起きた」とは,随伴性の変化に応じ て反応クラスの生起確率が変化したという事実を要約したものにほかならない。また「心的変化が行動を変えた」という表現もまた,その「心的変化」の 内実を随伴性の言葉で同定しない限り,分析は先に進まない。いずれの語も,最終的には以下の問いへの分解を要請する。
1. どのような先行条件のもとで,どのような反応クラスが生起したか。
2. その反応に対してどのような後続条件が随伴 したか(強化・弱化・消去・回避など)。
3. その随伴性はどの程度の頻度・密度・時間的配分で与えられてきたか(スケジュール効果)。
4. 現在の行動配分は,以上の歴史を通じてどのように形成されているか。
これらの問いに答えることが,「経験がある」という語が指示していた何かを,観察可能で再記述可能な形に翻訳することにほかならない (Baum, 2017)。
6.5. 行動の測定次元
行動分析学においては,複数の測定次元において 定量的に記述することが求められる。
• 頻度・反応率:単位時間あたりの反応生起数。
• 持続時間:一つの反応エピソードが継続する 時間長。
• 潜時:先行刺激の提示から反応が開始されるまでの時間。
• 反応間隔(IRT):連続する反応間の時間。
• 選択比率:並立する選択肢において各反応が占 める割合。マッチング則 (Herrnstein, 1961) における基本測定値。
6.6. 行動の機能的分析
行動分析学の核心は,行動の形態(topography) よりも,行動の機能(function)を問う点にある。見かけ上似た行動が異なる機能を持ちうること,逆に見かけ上異なる行動が同一の機能関係を共有しうることは,機能的等価性(functional equivalence)として知られる。
機能的分析(functional analysis)は,問題とする行動がどのような環境条件のもとで維持されているかを同定するための手続きである (Iwata et al., 1994)。具体的には,仮説的な維持要因(正の強化・ 負の強化・自動強化・注目など)に対応する条件をそれぞれ統制された形で設定し,各条件における反応率を比較することによって維持随伴性を特定する。
6.7. 先行条件の精密化:確立操作と弁別刺激
行動分析学では,先行要因として弁別刺激と確立操作(establishing operation; Michael, 1982, 1993)を機能的に区別することが重要とされる。弁別刺激は,特定の強化子の利用可能性を「知らせる」ことで反応の生起確率を変化させる刺激機能を持つ。
これに対して確立操作は,強化子の強化力そのものを一時的に変化させる先行変数として定義される(Michael, 1982, 1993)。確立操作には二方向の効果がある。第一に,ある強化子を産出してきた行動の現在の頻度を増大させる(行動を喚起する)。第二に,その強化子の強化力を増大させる(強化の有効性を高める)。典型的な例として,食物剥奪は食物強化子の強化力を高め(有効性増大),食物強化子を産出する行動の頻度を上昇させる(行動喚起)という二つの効果を同時にもたらす。
このように先行条件の機能を確立操作と弁別刺激に区別することは,「なぜその行動がこのタイミングで生起したのか」という問いに対して,内的動因(欲求・動機・意志など)を持ち出すことなく,操作的に同定可能な変数として答えるための枠組みを提供する。「空腹だから食べる」という説明は,「食物剥奪という確立操作が食物強化子の強化力を高め,食物産出行動の生起頻度を増大させている」という機能的記述に置き換えられる。
6.8. 強化スケジュールと反応パターン
強化スケジュール(schedule of reinforcement)が 行動パターンに与える影響を検討することは,後続条件の分析において重要である (Ferster and Skinner, 1957)。各スケジュールが生み出す特徴的な反応パターン(表 2 参照)は,「なぜその行動が続くの か」という問いに対して,内的動因への言及を要さない記述的かつ予測的な回答を提供する。

